2010年1月10日日曜日

なぜ目標を設定するのか(1866)



なぜ目標を設定するのかというと、それは「行動の指針が明確」になるからです。

「行動の指針」とは、はっきりとどう行動するのかということが示されることで、そこに向かうエネルギーが創出されるということです。

ただ、これはどんなものでも目標となりうるのかというと、そうではありません。

例えば、20000回素振りをするという目標があっても、それが自分で定めた目標であるのかどうかによって、それが目標となりうるかどうかが決まります。

私がすごく怖い監督で、怒られるのが怖いからとりあえず回数をこなすという場合、その20000という数字が目標とはなりえないということは分かると思います。

自己コントロールの考え方を持っていないと、目標は設定できないということですね。

ちゃんと自分で、自分のために考えなさいということです。

そういう考え方をちゃんと持って設定した目標であれば、それは「自分の足りないものを明確にできる」ことにつながります。

20000回を振るという目標は、スイングスピードを高めたり、スイングを安定させるために、自分にはこれくらいが必要だとして設定したとしましょう。

そうすると、なぜスイングスピードが足りないのか、なぜスイングが安定しないのか、その理由も明確にイメージできるはずです。

だから、もっと練習しなければならないので、20000回振ろうということにつながっていきます。

ただやらさせるために設定された回数では、こうした発想はないですね。

だから目標とはなりえないのです。

設定することで自分の気持ちがぐっと盛り上がる、そんな目標を設定するようにしたいですね。


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2010年1月9日土曜日

遠征という冒険(1865)



昨年行われた埼玉の試合に、中学生だけで遠征に行かせました。

ガイドはしますが、ある程度の経験を積んで、自主的に行動できると判断した場合は積極的に遠征に出します。

もちろん、そのための準備も自分たちでします。

自分たちでエントリーをするのは当たり前です。

ホテルの予約をして、会場までのルートを確認します。

前日には会場を確認し、サインインをして、練習コートをとって自主的に練習します。

朝早くに練習をする選手はそれほどいなかったようですが、子どもたちは試合の日も早く会場に行って、練習コートをとって一生懸命に練習したそうです。

もちろん試合の後も練習をします。

その様子を見ていたある方から、

「大島コーチのところの選手は大変熱心に練習をしていて感心しました。」

という報告を受けました。

テニスを指導する上でのひとつの目標なので、それが十分に達成できているということを大変うれしく思います。

遠征に出す時、少し不安な気持ちになります。

でも、そうした経験を通して大きく成長することは間違いありません。

遠征に出るとき、子どもたちにはレポートを書いてもらいます。

それをまとめたページの冒頭にはこう書いてあります。

「遠征は一種の冒険である。頼る者のいない中で、恐怖や不安と戦いながら、すべてのことを自分でするという経験は、感性を磨くまたとないチャンスだ。」

・・・と。

まさにその通りです。

これからも、遠征を通して子どもたちが成長できるようにサポートしていこうと思います。


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2010年1月8日金曜日

家族と仕事(1864)



年末年始は、本当に久しぶりにのんびりと過ごしました。

本当は家族でどこかに出かける予定でしたが、犬を飼うことになり、長い期間家を空けられないので今年は家で過ごすことになりました。

まあ、休みといってもこれといってやることはないので、ひたすら寝てました。

ちょっと起きては本を読んで、犬と遊んで、また寝て、の繰り返し・・・。

こんなんでいいのかな、っとふと疑問に思ってしまいました。

ここで迷うのは、もっと練習せねば・・・という思いと、家族との時間を大切にしなければならない・・・という思うです。

どちらもかけがえなないものですが、どうしたらよいのでしょう?

いつもは正月から大会や合宿があって、ゆっくりしてられないので、そんなこと考える時間はなかったの
ですが、ちょっと時間があるとそんなことを考えてしまいます。

ジュニアの選手育成に携わる多くのコーチは、自分の子供と過ごす時間よりもクラブの子どもたちと過ごす時間のほうが長いかもしれません。

休みになれば、その時間はもっと長くなります。

遠征に出れば、それこそ24時間一緒です。

上の子が小さい時、休みなるとまったく家にいなくなるパパのことを理解できなくて困っていました。

ついこの前も、「パパの仕事はなあに?」と聞かれる始末・・・。

一緒にいる時間が短いので、理解できないのは仕方ないですね。

他のコーチの奥さまや子どもたちはどう思っているのか聞いてみたいところです。

確かに・・・迷います。

でも、真剣に打ち込める何かがあるというのは素晴らしいことです。

何がいいのか、どうすのがいいのか、はっきりとわかるわけではないですが、どんな時も一生懸命、それが何よりも大切な気がします。

昨日は下の子の自転車を買いに行きました。

その前の日は家族で大きなショッピングモールへ行きました。

その前は、車のお祓いに行って、デパートで買い物です。

なあんだ、結構がんばってるじゃん!

でも、それも今日でおしまい。

今日から通常練習が始まります。

気合を入れなおしてがんばりますか!


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2010年1月7日木曜日

うまく休む(1864)



「強くなりたい」、「勝ちたい」と強く思いすぎると、「休む」ことがうまくできなくなってくる。

「試合の前になると不安から練習し続ける選手がいた」、ということを報告したが、このような心理状態では、素晴らしいショットを打っても満足することができなくなって、「スポーツ型の完全主義者」になっていく。

この「完全主義者」はいたって厄介な存在である。

1.どんなに素晴らしいショットでも満足できないので、つねに憂鬱な顔をしている。
2.自分のミスに過度に腹を立てることが多い。
3.相手のショットをほめるなど余裕がないので、楽しく練習をすることができない

このような症状の選手を見かけたら要注意である。あまり近づかないようにしよう。

なぐさめも激励も何の効果もないので関わるだけ損である。

ただ、選手として「強さ」を求める以上、このような状況に陥ることは多い。

そうならないためには、目標をしっかりと定め、挑戦し続ける意欲を持ち続けることが大切なのは言うまでもないが、もう一つの方法は、「うまく休む」ことだ。

「うまく休む」とは、テニスのことを忘れて楽しむことができる時間を持つことである。

かつての世界ナンバーワンプレーヤーのイワン・レンドルは、大会の最中にゴルフに出かけ、「気分転換」することでテニスに集中することができたと語っている。

「不安」にとらわれていると(不安がないというのではなくて、不安を過度に意識しすぎて自分を見失わないということ)、この「気分点転換」がうまくできない。

何をやっても面白くなく、「不安」はますます大きくなるという悪循環に陥る。

そんなときは無理やりにでも何か「気分転換」になるようなことをしてみることが大切だ。

気分が乗らなくても、面白いと思わなくても結構。とにかくテニスとは違う何かをやってみることだ。

そうした行動を続ける中で、なんとなく「不安」が小さくなったと感じることができれば、症状は改善に向かっている。

もちろん、何もせずに「ぼおっと休む」というのもある。

しかし、トレーニング用語に「積極的休息」というのがある。

これは、疲れたときになにもしないでただ休息するよりも、軽いジョギングなどを行ったほうが疲労の回復がはやいということだ。

メンタル的にも同じことが言える。

ただ「ぼおっと休む」のではなく、何かアクションを起こしてみることできっとあなたの疲れたこころがはやく回復していく。


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2010年1月6日水曜日

全体をみる(1863)



自分の体を好奇心を持って眺めてみると、いろいろなことが分かります。

ケガをすると、筋肉の質が悪くなることがはっきりと分かります。

まず感じることは、委縮してしまうということです。

私は右利きでテニスをやっているので、当然右腕のほうが太く、筋力も大きいです。

しかし、ちゃんと触ってみると太さを感じられません。

また、軽い負荷に対して筋肉が過剰に反応することも感じられます。

それだけ筋力低下が著しいということです。

ほんの3週間ぐらいの間ですが、量や質の低下がはっきりと見られるということです。

また、実際に痛いのは肘ですが、肩や手首にも痛みや違和感を感じます。

ここで大切なことは「全体をみる」というとです。

痛い部分だけを見て、その部分だけを対象としてアプローチしてもあまり効果がない場合も多いです。

痛みを感じるようになった状況を判断し、それに関係する部位も併せてみることで根本の原因も把握できるようになります。

なので、今は手首と肩の強化も行うようにしています。

痛みがあるだけに、その連動性を強く感じます。

人間の体は大変良くできていて、ちゃんと連動しながら、お互いをかばい合いながら機能していることを不思議に思います。

指導するときに心掛けるのも「ここ」です。

単にショットが良いとか悪いとかだけを見て判断するのではなく、全体のつながりの良し悪しをもっとも大切な判断の基とします。

なかなか難しいことですが、イマジネーションを豊かに持って、「全体をみる」という意識を忘れないようにより良い方法を探っていこうと思います。


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2010年1月5日火曜日

人体実験(1862)



実は・・・少し肘を痛めています。

テニスのやりすぎで、テニスエルボーになりました、といえばかっこいいかもしれませんが、子どもたちの前でカッコつけてマシントレーニングをやった時、どうも肘周りの腱か靱帯を痛めたようです。

ちょっとカッコ悪いので、「テニスの教えすぎでテニスエルボーになった」と言っています。

ついでに、「かわいそうだからいたわれ!」とも言っています。

誰もいたわってはくれませんが・・・。

肘が痛いので、まともにボール出しもできずに迷惑をかけていますが、自主性が育まれて良いと勝手に前向きにとらえています。

しかし、肘が痛いと、しかも利き腕なので、何かと支障が合って困りますので、なんとか早く治さなければなりません。

でも、私はこういう時に、「チャンス!」だと思うんですね。

日頃、あちこち痛んだり、故障したりする選手をみているので、そんな時はいろいろと指示をします。

でも、ただちに効果があるという場合だけではありません。

ひとつの方法でうまくいかないことも多いので、あれやこれや試しながらもっとも効果のある方法を探します。

一番の方法は、身を持って体験したことを伝えていくことです。

だいぶ前になりますが、足首を軽く捻挫をした時、いろいろとテーピングの方法を試して、状態に応じて一番しっくりくる方法を考えたことがあります。

だから、捻挫をした選手から状況や痛みの具合を聞いて、適切なテーピングができるようになってきました。

自分で試したからです。

今回の肘痛も、チャンスだと思っていろいろと試しています。

まずはじめは、サポーターを試します。

幸い、今、プリンスと共同でサポーターの開発を行っていますので、そのサンプルが豊富にあって、いろいろなサポーターを試すことができます。

でも、残念ながらあまり治療的な効果はありません。

プレーをするときに痛みを軽減はできますが、使いながら治すのは難しいといいうことです。

次は、アイシングと抗炎症剤で対症療法を行います。

アイシングなどをすると、一時的に痛みは軽減、消滅しますが、筋の硬化もあって、プレーをすると痛みは繰り返します。

なかなか抗炎症剤の効果がないのは、筋、腱の炎症の程度がそこそこ強いということです。

本来ならば安静というところですが、そうはいかないので、さらにいろいろ試します。

次は、筋の硬化を防いで、柔軟性を高め、腱の炎症を抑えるために前腕と上腕のマッサージをします。

少し痛みを感じる筋膜マッサージを中心に行いますが、関節付近の痛みはなかなか軽減できません。

そこで、温冷療法と電気的物理療法を組み合わせます。

温冷療法とは、しっかりとアイシングした患部を、すぐに温め、またアイシングをするということを繰り返す療法のことです。

ついでにアイシング時にクライヲキネティックを取り入れて、患部を動かします。

これは痛みに対して感覚が鈍化するまで冷やし、その状態で患部を強制的に動かすというものです。

腱や靱帯の微細な断裂などが起こっている場合、治癒過程での整合性を高める効果がります。

これを今はお風呂に入りながら、ホースの水を腕全体にかけ流し、十分に冷えたらお風呂で温めるというようにやっています。

この時期の水は大変冷たく、またかけ流しは、腕全体をアイシングできるので好都合です。

ちょっと水がもったいないのが難点ですが・・・。

そして、お風呂からあがって、腕の感覚が通常レベルまで戻ってきたら電気的療法を行います。

EMSに使うマシンを流用して、前腕と上腕の直接的に痛みに関係する筋群を刺激します。

だいたい30分くらい行いますが、少し痺れる感じがあるくらいのほうが良いと思います。

この療法はなかなか効果的です。

痛みであまり力も入れられなかった握力のレベルも戻ってきました。

とりあえず私の場合には、このパターンで良い感じに治癒してきています。

でも、それがどんな人にも合うというわけにはいかないので、今までやってきた療法について、痛みの感じの変化や感覚の違いなどをちゃんと記録しておきます。

そうすると、選手から痛みの感じなどを聞いた時に、どのような感じなのかを自分の感覚として知ることができます。

自分の体を使って実験をしているようなものですね。

こうした好奇心が大切です。

私は、今、大学で多くのトレーナーや指導者を目指す学生さんを教えていますが、

「良いトレーナーや指導者になるためには、自分の体に興味や好奇心を持ちなさい。」

と言います。

痛みは嫌なものです。

でも、それに対して深い興味を持つことで、自分の経験を指導や治療に活かすことができます。

たまたま痛みに遭遇しました。

これを「チャンス!」だと思うのは、私に大いなる好奇心があるからです。

毎日、毎日、肘の状態をチェックします。

それに対処しながら、徐々に良くなっていることを喜ぶ、そんな気持ちで付き合っています。

でも、本当は、安静が一番です。

みんなあ!!!、大島コーチは肘が痛いですよ!安静が必要なので、いたわってくださいね!

って・・・無理かも・・・。


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2010年1月4日月曜日

正しいコンプレックスを持つ(1861)



一般的なマイナスの感情とは違うが、「コンプレックス(劣等感)」という厄介なものもある。

コンプレックスとは、「自分が、なんらかの点で他人より劣っていると思い込むこと(思い込んだ時の感情の反応)」ということだ。

これは大変に個人的なものであって、他人から見れば、「えっ、なんでこんなことを気にしているの?」というようなことが、気になって気になって仕方がない。

そう思うことは良くない、気にするのはおかしいと思っても、どうしようもなくそういう感情が湧いて出てくるので始末が悪い。

もし、対戦相手に対してコンプレックスを抱えていたとしたら、果たして勝負になるのだろうか。

小浜逸郎(「頭はよくならない」洋泉社)は、
「上には上があることを知ることには、ただ劣等感にさいなまれるだけではなくて、そのこと自体を仲立ちにして、自分の仕事の支えにするという側面もある、と思うようにしています。言い換えると、言葉の正しい意味での「コンプレックス」の状態をそのまま見つめておこうということです。」と述べている。

スポーツの世界は、優劣がはっきりと成績として現れるので、劣等感にさいなまれて、挫折して、もう追い越せない、とあきらめてしまうケースは大変多い。

そのコンプレックスを「自分自身を高めるためのエネルギー」に変えられなかったことの結末である。

「そのまま見つめる」ということは、コンプレックスをエネルギーに変えるためには、まず受け入れなくてはならない、ということだ。

それができないと(自分の考え方の問題であると気付かない)、クラブの環境が悪い、親が悪い、練習相手が悪いなど、まわりに責任を添加してしまうことが往々にして起こりうる。

そのような考え方では、自分の精神状態を安定的に保つことも難しいだろう。

「正しくコンプレックスを持つ」ということは、そうである事実を受け入れ、それをエネルギーに変える考え方を持つことに他ならない。

それができなければ、その相手は永遠に超えられないライバルとなっていくに違いない。


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2010年1月3日日曜日

贈り物(1860)



この時期は、クリスマスプレゼントやお年玉、お歳暮、年賀状など、いろいろな人に贈り物をしたりされたりする機会があります。

私は贈り物をするのが苦手です。

相手が喜ぶものを一生懸命に考えますが、それが本当に相手にとって喜ばしいものかどうかよく分からないからです。

でも、贈り物をする時にひとつだけ心がけていることがあります。

それは、相手がどう思うと、自分が贈りたいという気持ちだけを考えるということです。

自分が一生懸命に考えて、それを喜んでもらえない時はがっかりします。

中には、気分を害したり、怒ったりする人もいます。

気持ちはよく分かります。

なぜ、気分を害したりするのでしょうか?

それは、相手に喜ぶことを期待するからですね。

一生懸命に贈り物を選べば選ぶほど、その期待は大きくなります。

それが思い通りにならないと人間は怒ってしまうんですね。

でも、贈りたいという気持ちを伝えることが大切であって、喜んではもらえないかもしれないけれど一生懸命により良いものを選びました、考えました、という気持ちを伝えることが大事です。

人にものを教える仕事をしているので、自分が一生懸命に教えた分だけ見返りを期待します。

それは、満点の成績だったり、大会での優勝だったりします。

もちろん、そうした成果を残すことができれば素晴らしいですが、何よりも、自分がちゃんと教えるということに目を向けます。

明後日から大学での講義が始まりますが、講義の1回目に必ず言うことがあります。

「私は、君たちに必要だと思うことを教えます。一生懸命教えます。もし、私の講義を聞いても仕方ないと思う人はこの講義を選択しない方が幸せです。ただ単位を取るというだけではなく、自分のとって必要だと思うものを選択することができるようになってほしいと思います。」

2週間後には試験も行います。

これは自分の講義をちゃんと聞いてくれたかどうかを試すものではありますが、大きな期待はしていません。

やる人はやる、それだけです。

私は最後までちゃんと教える、それだけです。

贈り物をする時に、過剰なまでに相手に期待している人を見ると、ちょっと反応に困ってしまいます。

私はこれからも贈り物をしますが、大きな期待をせずに、ただ気持ちを伝えていくという姿勢でいようと思います。


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2010年1月2日土曜日

どう進んでいくのか(1859)



自分の仕事や人生をどうしていくのか、ということを考えない人はいないと思います。

特に年の初めにはいろいろなことを思います。

私もそうです。

自分がこの仕事をどうしていくのか、ということを真剣に考えます。

なかなか答えが見つかるものではありませが、昨年の経験を通して何となく自分の進むべき方向が見えてきました。

大学からスポーツ推薦での入学を認める連絡をもらった時、泣けてきました。

高校生最後の試合で思うような結果を残せなかった選手が、前向きに大学でのテニスを考えて、今まで以上に練習に対する意欲を見せてくれた時、心から嬉しく思いました。

その子が進学を希望する大学の監督から「何とかする」という返事をもらった時、ほっとして、また泣けてきました。

ある子のアメリカに留学したいという希望を聞いた時、自分が夢を持ってアメリカに渡った時のことを思いだしてわくわくするような気持ちになりました。

留学に反対のお母さんが泣きながらも納得し、「大島コーチに会えたことが大きかった」と言われてジーンときました。

私の仕事は「これだ」と思いました。

チームのリーダーとして、試合で結果を残すことは大切です。

高校の監督もやっているので、インターハイでの優勝も目標としてあります。

でも、大切なことは、今できることを精一杯にやるということです。

目標に縛られることなく、自分のエゴに引きずられることなく、「ただテニスを教えること」、そのことがぶれないように生きるということです。

フランクルの本に、過酷な状況にあってもただプライドを持って自分の仕事をやり遂げようとする人々のことが書かれています。

禅の教えで「只管打座」というのは、ただ座禅に打ち込むことの大切さを教えています。

千日回峰という過酷な修行を2回も達成したお坊さんは、「ただ人のために祈り倒すという気持ちしかない」と言っていました。

そんな気持ちでこの仕事に打ち込めたら、きっと幸せな人生を送っていけるだろうと思っています。

まだまだ未熟で、ぶれることも多いですが、何となく芯がしっかりとしてきたような気がします。

ぶれずに進んでいこうと思います。


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2010年1月1日金曜日

駆ける(1858)



明けましておめでとうございます。

今年の正月は朝から雪となり、情緒ある風情を楽しむことができました。

しかし、去年から我が家の家族となった柴犬のりょうたがまだトイレをうまくすることができないので、雪の降り続く中、早朝からのトイレの掃除となりました。

おかげで目が覚めましたが、何とも面倒なものです。

目が覚めてしまったついでに、雪も小降りだったので、りょうたを外に出してみることにしました。

そうすると、どうでしょう。

玄関前のポーチの段差すら怖がって踏み出せない子が、駆けだしていくではりませんか。

ビビってそれほど走り回らないだろうという私の憶測は見事に崩れ、後を追って走り回るはめになりました。

♪~犬は喜び庭駆けまわる~♪

というのは本当なんですね。

そんな時に、今年のスローガンが思い浮かびました。

今年のスローガンは「駆ける」です。

昨年を振りかえって、「自」としたのは、自ら動くことの大切を感じたからです。

そして、子どもたちが「自立」した考え方を持って行動できるようになってきたと感じたからです。

今年は、それをもっと積極的に成果に結び付けていくようなエネルギーが必要です。

犬が雪を見て駆けまわる時、すごいエネルギーを感じます。

雪が降っているので寒いんじゃないかとか、変なものを口にして体調を壊すんじゃないか、などというこちらの勝手な思いを超えていきます。

子どもたちにもそんなエネルギーを出してもらいたいと思います。

「駆ける」という言葉には、純粋性、一途な思い、積極性などを感じます。

この一年を振りかえった時、「駆け抜けた」という思いを持つことができればいいなあと思います。

朝から、掃除、散歩、雪遊びと続いて、午後は寝正月となりました。

この正月はゆっくりとエネルギーをためて、「駆けて」いきたいと思います。

今年もよろしくお願いします。


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